FC2カウンター FPGAの部屋 2007年07月27日
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FPGAの部屋

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昔、通っていた大学

今度の土日の夏休み自由研究サポート企画に準備で忙しいので、PIC-Xマスタ・モジュールはお休み状態になっている。それでも少しずつ作っているのだが。。。
私の担当の音の実験は、主に音声の波形を見てみる実験だ。

思えば、もう30年近く前の大学4年生のときの卒論テーマが、音声認識、合成だった。古い建物の実験室で、Z80を使ったパーソナルコンピュータを自作するところから研究(といえるかどうかわからないが。。。)が始まったのだった。(当時はまともなパソコンがMZ80くらいしかなかった)その卒論の学生は4人一緒のチームとしてやっていた。フーリエ変換、FFTやLPC、PARCOR、ADPCMなどを勉強しながら、パソコンの筺体作りから始まったのだった。アルミパネル加工やLアングル切断などの工作を当時、スーパーハードと呼んでいた。
その後エブレンの上にラッピングピンのあるボードで、CPUボード、CRTインターフェース、SRAMメモリ(48Kbyte)、IOボート、AD/DA変換ボードなどを作成した。IOはトグルスイッチ、紙テープのリーダ、ライタとカセットインターフェースだった。そういえば紙テープライタのインターフェースを作ったとき(わたしではない)ドライブ用のダーリントントランジスタがぽんぽん飛んでしまったっけ。。。なぜかというと、ソレノイドに逆電圧阻止用のダイオードが入ってなかったのだった。
私の担当は、CRTインターフェースとカセットテープインターフェース。CRTインターフェースはキャラクタモードとビットマップモードが切り替えで、ビットマップモードは波形を表示するのに使っていた。こちらは大きなトラブルもなく、回路図完成後に3日徹夜で製作した。でも、カセットインターフェースは完成しなかった。規格はサッポロシティスタンダードだった。カンサスシティスタンダードよりもビットレートが速かったためだ。なぜ完成しなかったというと、シリアル通信用のICのクロックをX1倍のクロックを入れて、使ってしまったからだ。これでは、いったん受かってもどこかでクロックの同期が外れてしまう。非同期通信のモードではなく同期通信のモードを使ってしまった。当時は、そんなこともわからずに無駄な時間をすごしてしまった。OPアンプでウインドウ・コンパレータまで組んでがんばったのだが、基本的なところが間違っていたので、だめだった。なぜだめかわかったのは卒業後だった。今の方たちには、そのような無為な時間をすごしてもらいたくない。”シリアルインターフェース(RS-232C)の説明”には、そのような思いも詰まっている。
結局、卒論は音声の解析はそこそこに、パソコンを作ってマルチタスクモニタを作りましたということで終わってしまった。

なぜ、こんなことを思い出したかというと、私の後の2年間通っていた大学は移転してしまって、校舎が取り壊しになってしまった。最近、その大学から定期的にアクセスがあるようなのだ。T工学科のM先生、お元気だろうか?そろそろ、定年退官なのだろうか?
ご存知ならば教えてください。後で新しい校舎に行ってみたいと思っている。
  1. 2007年07月27日 05:31 |
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